安心の名簿
ヨーロッパの大学は、もともと宗教関係の施設から発展したものが多いからです。
大学という制度だけではなく、様式のイメージもいっしょに日本に輸入されたわけです。
あるいは十九世紀のロンドンで、国会議事堂が火災になった後、コンペになるのですが、ゴシックがイギリス的なものだという考えがありました。
ゴシック・リバイバルの流れとともに、国家のキャラクターにゴシックが選択されたわけです。
僕が調べている結婚式教会も、様式のキャラクターが重要な意味をもっています。
というのは、ウエディング・チャペルはほとんどゴシック様式です。
これは日本人のなかで、「教会はゴシックだ」というイメージが強いからでしょう。
ふつうの教会と比べるとおもしろいのですが、戦後に建った信者のいる本物の教会は、じつはゴシック様式にはこだわりがない。
しかし日本近代の、キリスト教が解禁になったころの教会は、比較的ゴシック様式を模倣しました。
ただ、そもそも教会建築は信者が集まる場所なので、ゴシックかどうかは本質的な問題ではありません。
逆に、ウエディング・チャペルで式を挙げる人には、宗教心よりも、それが教会らしいイメージをもっていることが重要です。
だから、ゴシックにこだわる。
結婚式教会を調べていくと、最近ハウス・ウエディングがあって、これは教会ではなく、ヨーロッパふうの館のホストになって知人を招くという、住宅をベースにした結婚式のスタイルです。
これは逆に、白い古典主義が圧倒的に多い。
結婚式教会とハウス・ウエディングで様式の棲み分けがなされていて、片方がゴシック、片方が古典主義になっています。
深読みすると、住宅をゴシック・スタイルでつくると、これはお化け屋敷に見えてしまう。
だいたいテーマパークでお化け屋敷に行くと、東京ディズニーランドのホーンテッドマンションもそうですが、基本的にはゴシックですね。
これは故なきことではなくて、もともと「ゴシック小説」という小説のジャンルは怪奇小説を指す。
ゴシックの様式と、おどろおどろしいイメージがつながっているところから、そういう棲み分けが生じたと思われます。
ビルディングタイプの議論で興味深いのは、プログラムあるいは社会や空間の制度とつながるところです。
こうした考え方を明快に示したのは、思想家のミシェル・フーコー(一九二六~八四)で、有名なテクストに『監獄の誕生』(新潮社、原題『監視と処罰』)があります。
この本のなかで建築の人がしばしば引きあいに出す部分というのは、ジエレミ・ベンサム(一七四八~一八三二)の考えた「パノブティコン」という監獄のシステムをフーコーが分析した箇所に集中しています。
これは一望監視装置と呼ばれる空間タイプで、真ん中に看守の塔があって、その周りをドーナツ形の建築が囲みます。
そのリングは、細かくセルの独房に仕切られた囚人の部屋が並んでいます。
これは究極の監獄で、最小の努力で最大の効果をあげられる効率的なシステムをもちます。
中央の看守から囚人を見ることはできるけれども、囚人はいま自分が見られているかどうかわからない、という視線の非対称性がポイントです。
とりあえず、ひとりの看守がいれば多くの人を監視できます。
それまでの監獄が重苦しい石の建築のなかに閉ドしこめられていたものだとすれば、パノブティコンは明るくて透明な監獄です。
従来のものが石の壁に幽閉された囚人が、一生出られないような監獄だとすれば、パノブティコンは、犯罪者を矯正して、社会にもう一度復帰させるものです。
そのさい、「自分を見ている誰か」という超越的な他者の視線を囚人の頭のなかに植えつける装置として作動するのです。
このシステムが優れているのは、囚人だけではなく、看守もまた非人間化されていることです。
つまり、看守の性格によってイレギュラーな事態が起きることがない。
看守と囚人が日常的に接触する監獄だと、トム・ハンクスが出演した「グリーンマイル」という映画二九九九)のように、囚人に思い入れを深くしてしまった看守が、一時的に監獄の外に連れ出してやったりしてしまう。
へたをすれば、脱獄の手助けもするかもしれない。
これはシステムとしては不完全です。
でもパノブティコンの場合は、十分に離れていることから、そういう接触を拒否している。
看守もまた歯車のひとつとして機械化されていて、誤作動が起きない、パーフェクトな監獄になっています。
ただこのシステムのほんとうにすごいところは、じつは看守がいなくても成立するというところなのです。
かりに看守がひとりいるとしてお話ししましたが、真ん中の塔に誰もいなくても問題がない。
なぜかというと、囚人はいつ自分が見られているかわからない、ということは看守が塔のなかにいるかどうかも判別できないからです。
つまり、じつは零人で多数の囚人を監視できるという究極のマシーンです。
こうした空間の配置とビルディングタイプをうまくつなげて、近代のモデルとして提示したのがフーコーの功績です。
神殿か獄舎かペヴスナーの議論が外側からの様式論が多いのにたいして、フーコーの視点は内側から建築計画学的に読んでいくことが可能です。
フーコーは近代の効率的な機械のような建築として監獄をクローズアップしましたが、この監獄を、まったく違った別の読み方をしている建築評論家がいます。
長谷川桑の『神殿か獄舎か』(相模書房)では、神殿と獄舎という二つのビルディングタイプを対噂させています。
神殿タイプはとにかく、モニュメンタルな外側の建築です。
ギリシア神殿も基本的には外部の建築です。
一方、長谷川が獄舎に注目したのは、反省的な内部空間があるからです。
じっくりと考えるような、ある種の「内部性」が豊かなものの代表です。
彼はこれを肯定的な意味で論ドしています。
なぜ神殿タイプと獄舎タイプに分けたかというと、日本の近代建築の系譜を考えたときに、明治時代の建築家は国家を背負う必要があったので、神殿タイプになる。
国家の威信をかけたものだった。
それにたいして大正時代の建築は、じっさい建築史でいうと分離派の人が出てくるわけで、ロマン主義的なものですね。
そういう大正時代の建築家の内面性を見つめていくような態度の空間を獄舎タイプと考えたのですね。
たとえば、大正時代に後藤慶二は、豊多摩監獄(中野刑務所、一九一五年竣工)をデザインしました。
ですから、フーコーは批判的に監獄を論じたのにたいし、意外に思われるかもしれないですが、長谷川は獄舎タイプの方を、神殿タイプよりもよいものとして位置づけています。
二つの系譜を変奏すると、丹下健三対村野藤吾になります。
丹下健三はいうまでもなく神殿タイプ、モニュメンタルな建築をつくる人です。
一方、村野藤吾は豊かな内面をもった建築家として位置づけられます。
じつさい、長谷川は一貫して、丹下健三的なものを批判して、村野藤吾的なものを擁護しました。
彼は、オスの建築/メスの建築という論じ方もしますが、前者が神殿、後者が獄舎の言い換えです。
ですから、ビルディングタイプの議論をある建築のモデルとみなして思考することもできるわけです。
ビルディングタイプ内のヒエラルキーモダニズムは、よく知られているように、工場やサイロを理想的なモデルに掲げましミースのくシーグラムビル〉た。
装飾を剥ぎ取った機能主義的なシステムから、建築のヴォリュームや構成、空間やプログラムが決定されたからです。
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というのは、ウエディング・チャペルはほとんどゴシック様式です。
これは日本人のなかで、「教会はゴシックだ」というイメージが強いからでしょう。
ふつうの教会と比べるとおもしろいのですが、戦後に建った信者のいる本物の教会は、じつはゴシック様式にはこだわりがない。
しかし日本近代の、キリスト教が解禁になったころの教会は、比較的ゴシック様式を模倣しました。
ただ、そもそも教会建築は信者が集まる場所なので、ゴシックかどうかは本質的な問題ではありません。
逆に、ウエディング・チャペルで式を挙げる人には、宗教心よりも、それが教会らしいイメージをもっていることが重要です。
だから、ゴシックにこだわる。
結婚式教会を調べていくと、最近ハウス・ウエディングがあって、これは教会ではなく、ヨーロッパふうの館のホストになって知人を招くという、住宅をベースにした結婚式のスタイルです。
これは逆に、白い古典主義が圧倒的に多い。
結婚式教会とハウス・ウエディングで様式の棲み分けがなされていて、片方がゴシック、片方が古典主義になっています。
深読みすると、住宅をゴシック・スタイルでつくると、これはお化け屋敷に見えてしまう。
だいたいテーマパークでお化け屋敷に行くと、東京ディズニーランドのホーンテッドマンションもそうですが、基本的にはゴシックですね。
これは故なきことではなくて、もともと「ゴシック小説」という小説のジャンルは怪奇小説を指す。
ゴシックの様式と、おどろおどろしいイメージがつながっているところから、そういう棲み分けが生じたと思われます。
ビルディングタイプの議論で興味深いのは、プログラムあるいは社会や空間の制度とつながるところです。
こうした考え方を明快に示したのは、思想家のミシェル・フーコー(一九二六~八四)で、有名なテクストに『監獄の誕生』(新潮社、原題『監視と処罰』)があります。
この本のなかで建築の人がしばしば引きあいに出す部分というのは、ジエレミ・ベンサム(一七四八~一八三二)の考えた「パノブティコン」という監獄のシステムをフーコーが分析した箇所に集中しています。
これは一望監視装置と呼ばれる空間タイプで、真ん中に看守の塔があって、その周りをドーナツ形の建築が囲みます。
そのリングは、細かくセルの独房に仕切られた囚人の部屋が並んでいます。
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中央の看守から囚人を見ることはできるけれども、囚人はいま自分が見られているかどうかわからない、という視線の非対称性がポイントです。
とりあえず、ひとりの看守がいれば多くの人を監視できます。
それまでの監獄が重苦しい石の建築のなかに閉ドしこめられていたものだとすれば、パノブティコンは明るくて透明な監獄です。
従来のものが石の壁に幽閉された囚人が、一生出られないような監獄だとすれば、パノブティコンは、犯罪者を矯正して、社会にもう一度復帰させるものです。
そのさい、「自分を見ている誰か」という超越的な他者の視線を囚人の頭のなかに植えつける装置として作動するのです。
このシステムが優れているのは、囚人だけではなく、看守もまた非人間化されていることです。
つまり、看守の性格によってイレギュラーな事態が起きることがない。
看守と囚人が日常的に接触する監獄だと、トム・ハンクスが出演した「グリーンマイル」という映画二九九九)のように、囚人に思い入れを深くしてしまった看守が、一時的に監獄の外に連れ出してやったりしてしまう。
へたをすれば、脱獄の手助けもするかもしれない。
これはシステムとしては不完全です。
でもパノブティコンの場合は、十分に離れていることから、そういう接触を拒否している。
看守もまた歯車のひとつとして機械化されていて、誤作動が起きない、パーフェクトな監獄になっています。
ただこのシステムのほんとうにすごいところは、じつは看守がいなくても成立するというところなのです。
かりに看守がひとりいるとしてお話ししましたが、真ん中の塔に誰もいなくても問題がない。
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こうした空間の配置とビルディングタイプをうまくつなげて、近代のモデルとして提示したのがフーコーの功績です。
神殿か獄舎かペヴスナーの議論が外側からの様式論が多いのにたいして、フーコーの視点は内側から建築計画学的に読んでいくことが可能です。
フーコーは近代の効率的な機械のような建築として監獄をクローズアップしましたが、この監獄を、まったく違った別の読み方をしている建築評論家がいます。
長谷川桑の『神殿か獄舎か』(相模書房)では、神殿と獄舎という二つのビルディングタイプを対噂させています。
神殿タイプはとにかく、モニュメンタルな外側の建築です。
ギリシア神殿も基本的には外部の建築です。
一方、長谷川が獄舎に注目したのは、反省的な内部空間があるからです。
じっくりと考えるような、ある種の「内部性」が豊かなものの代表です。
彼はこれを肯定的な意味で論ドしています。
なぜ神殿タイプと獄舎タイプに分けたかというと、日本の近代建築の系譜を考えたときに、明治時代の建築家は国家を背負う必要があったので、神殿タイプになる。
国家の威信をかけたものだった。
それにたいして大正時代の建築は、じっさい建築史でいうと分離派の人が出てくるわけで、ロマン主義的なものですね。
そういう大正時代の建築家の内面性を見つめていくような態度の空間を獄舎タイプと考えたのですね。
たとえば、大正時代に後藤慶二は、豊多摩監獄(中野刑務所、一九一五年竣工)をデザインしました。
ですから、フーコーは批判的に監獄を論じたのにたいし、意外に思われるかもしれないですが、長谷川は獄舎タイプの方を、神殿タイプよりもよいものとして位置づけています。
二つの系譜を変奏すると、丹下健三対村野藤吾になります。
丹下健三はいうまでもなく神殿タイプ、モニュメンタルな建築をつくる人です。
一方、村野藤吾は豊かな内面をもった建築家として位置づけられます。
じつさい、長谷川は一貫して、丹下健三的なものを批判して、村野藤吾的なものを擁護しました。
彼は、オスの建築/メスの建築という論じ方もしますが、前者が神殿、後者が獄舎の言い換えです。
ですから、ビルディングタイプの議論をある建築のモデルとみなして思考することもできるわけです。
ビルディングタイプ内のヒエラルキーモダニズムは、よく知られているように、工場やサイロを理想的なモデルに掲げましミースのくシーグラムビル〉た。
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